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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)14号 判決

東京都渋谷区幡ケ谷2丁目43番2号

原告

オリンパス光学工業株式会社

代表者代表取締役

岸本正壽

訴訟代理人弁理士

古川和夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

荒井寿光

指定代理人

小原博生

中村友之

幸長保次郎

吉野日出夫

主文

1  特許庁が平成1年審判第13733号事件について平成5年11月17日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和56年3月28日、名称を「検出視野を可変にした合焦検出装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願(昭和56年特許願第46086号)をしたが、平成元年6月20日に拒絶査定がなされたので、同年8月24日に査定不服の審判を請求し、平成1年審判第13733号事件として審理された結果、平成3年10月28日、本願発明につき特許出願公告(平成3年特許出願公告第68362号)がなされたが、特許異議の申立てがあり、平成5年11月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は平成6年1月8日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(誤記を訂正し、ABを挿入)

A)フアインダ視野内における合焦検出の対象とされ得る所定の第1領域11に対応して該フアインダに係るフオーカシングスクリーン(8)上において、この第1領域内の実質的に全域に亘って対応するように分布して配置された合焦検出対象領域表示用の表示素子(29-1~29-N)と、

撮影レンズ(2)による像が結像されるべき位置と共役な位置にあって上記第1領域に対応する第2領域内に、この第2領域の実質的に全域に亘って分布するように配置された複数の合焦検出用受光素子(21-1~21-M)と、

上記フアインダの第1領域の内部において、第1領域の中心を中心とし、合焦検出の対象とすべき被写体部分の大きさに応じて大きさを変えることができる合焦検出対象領域部分(31)を設定するための設定回路(26、22)と、

上記設定回路の出力に応じて設定された合焦検出対象領域部分を表示すべく、上記表示素子のうち該合焦検出対象領域部分に対応するものを駆動し表示動作させるための回路(22、27)と、

上記第1領域内の合焦検出対象領域部分に対応する上記第2領域内の該当部分内に分布する合焦検出用受光素子の出力に基づいて合焦検出動作を行う手段(22、25)とを具備し、合焦検出の対象となる合焦検出対象領域部分の大きさをフアインダ視野内で視認しつつ設定するとともに、この設定に応じて合焦検出動作に寄与する検出素子の選択が自動的になされるように構成した検出視野を可変にした合焦検出装置において、

B)上記合焦検出動作を行う手段(22)は上記第2領域内の合焦検出用受光素子の出力をデータとして一旦当該記憶手段(25)に取り込み、上記該当部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応する上記データを抽出して合焦検出のための演算処理に適用するようになされてなるものであることを特徴とする、検出視野を可変にした合焦検出装置(別紙図面A参照)

3  審決の理由の要点(誤記であることについて当事者間に争いがない部分を訂正)

(1)本願発明の要旨は、特許請求の範囲に記載されている前項のとおりと認められる。

(2)これに対し、昭和56年特許願第3580号(昭和57年特許出願公開第116311号公報)の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下、「引用例」という。)には、

合焦検出用受光素子を写真機の予定焦点面と共役の点及びその光軸上双方向にずれた位置に配置し、受光素子の信号をバランス調整回路、サンプルホールド回路などを経由させた後、タイミングジェネレータからの信号で作動するWIN回路が受信に重みを付けて上記信号の特定の部分を取出し、それにより合焦を行わせ、同時にWIN回路が信号を選択する位置を液晶表示素子でフアインダに表示するものであって、WIN回路は設定によりフアインダの焦点合わせ位置の中心を中心とした左右対象(「対称」の誤記と考えられる。)の領域の信号を選択するものが示されている(別紙図面B参照)。

したがって、引用例には、

「フアインダ視野内における合焦検出の対象とされ得る所定の第1領域11に対応して該フアインダに係るフオーカシングスクリーン上に、この第1領域内の実質的に全域に亘って対応するように分布して配置された合焦検出対象領域表示用の表示素子を置き、

撮影レンズによる像が結像されるべき位置と共役な第2領域内に、この領域の実質的に全域に亘って分布するように複数の合焦検出用受光素子を配置し、

フアインダの第1領域でその中心を中心とし、合焦検出の対象とすべき被写体部分の大きさに応じて大きさを変えることができる合焦検出対象領域部分を設定するための設定回路と、

この設定回路の出力に応じて設定された合焦検出対象領域部分を表示するために、上記表示素子のうち該合焦検出対象領域部分に対応するものを表示動作させるための回路と、

第1領域内の合焦検出対象領域部分に対応する第2領域内の該当部分内に分布する合焦検出用受光素子の出力に基づいて合焦検出動作を行う手段とを具備し、合焦検出の対象となる合焦検出対象領域部分の大きさをフアインダ視野内で視認しつつ設定するとともに、この設定に応じて合焦検出動作に寄与する検出素子の選択が自動的になされるように構成した検出視野を可変にした合焦検出装置」

が示されていると認められる。

(3)本願発明と引用例記載の発明とを比較すると、両者は、上記Aの部分で同一であり、Bの部分が引用例にない点において相違している。

(4)検討するに、画像信号を処理するのに、その信号を直接画像処理回路に導くことも、一度メモリに記憶させてその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導くことも共に慣用されているところであり、また写真機の合焦装置においても広くメモリが使用されているのであるから、Aの方法で処理される合焦用受光素子の信号を一旦記憶手段に記憶させることは、単なる慣用手段の採用に過ぎないと認められる。

(5)したがって、本願発明は、引用例記載の発明と同一であると認められ、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術的事項が記載されており、本願発明と引用例記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点を有することは認める。しかしながら、審決は、慣用手段及び本願発明の技術内容を誤認して相違点の判断を誤り、かつ、本願発明が奏する作用効果の顕著性を看過した結果、本願発明は引用例記載の発明と同一であると誤って判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)相違点の判断の誤り

〈1〉 審決は、相違点の判断の根拠として、「画像信号を処理するのに、その信号を(中略)一度メモリに記憶させてその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導くこと」が慣用されていることを挙げている。

しかしながら、被告がこの慣用手段を立証するために援用する乙第2ないし第4号証の各文献に記載されている技術は撮影後の画像処理の技術であって、既に確定されている画像からその一部を取り出す、いわゆるトリミングに関するものであるから、メモリに記憶される情報の内容は確定されているものである。これに対し、本願発明は、撮影前に合焦に必要な情報を迅速に得るために、重点的撮影対象視野を選択する技術であるから、メモリに記憶すべき情報は、フアインダのフオーカシングスクリーンに映し出される映像に対応して変化するのであり、上記慣用手段とは技術分野を明らかに異にする。

したがって、本願発明が対象とする合焦検出装置においても「画像信号を処理するのに、その信号を(中略)一度メモリに記憶させてその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導くこと」が慣用手段であるとした審決の認定は、誤りである。

〈2〉 さらに、審決は、相違点の判断のもう1つの根拠として、「写真機の合焦装置においても広くメモリが使用されている」ことを挙げている。

しかしながら、被告がこの慣用手段を立証するために援用する乙第5号証の文献には、マイクロコンピュータ32にバッファメモリ34を付属させたものが示されているが、このバッファメモリ34は、「A/D変換器の出力が変化しなければ(中略)必ずしも必要としない。」(4頁左上欄6行ないし8行)と記載されているように、装置間の動作の歩調を合わせるためのものであって、本願発明が要旨とする記憶手段(25)のように、複数ある合焦検出用受光素子の全出力をデータとして一旦記憶し、必要があるときは所望の視野範囲のデータのみを抽出して読み出すことができるメモリとは異質のものである。

また、被告が援用する乙第6号証及び第7号証の各文献には、画像データをメモリー6に取り込み、CPU5はメモリー6を利用して各種のフィルター関数による評価関数を演算するものが記載されているが、この画像データは視野が一定のものに限られ選択の余地がないばかりでなく、これらの文献に記載されているものは、焦点検出のため評価関数を変えながら多数回の演算を行う目的でメモリを設けた特殊な装置であり、しかも、同一人による発明の特許出願公開公報である。

したがって、写真機の合焦装置においてメモリを使用することが公知であることは否定しないが、それが慣用手段であるとした審決の認定は、誤りといわざるを得ない。

〈3〉 本願発明と引用例記載の発明とが同一であるというためには、両者の構成に実質的な差異のないことが必要であり、両者の構成に差異があるときは、その構成を採用することについて、引用例に何らかの示唆がなければならない。

そこで引用例を検討すると、引用例には、CCD受光部6からの画像信号を、サンプルホールド回路SHA、SHB、差動増幅器DIF、絶対値回路ABS、2乗回路SQRに導き、窓関数発生器WINで発生する窓形状に応じて2乗回路SQRのゲインを変化させることにより、CCD受光部6からの画像信号の測距視野を切り替え、その信号を積分回路INTを経てA-D変換回路を介してデイジタル化して論理演算回路CPUに入力し、同回路で合焦の判定を行うものが示されている。

すなわち、引用例には、設定した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出する手段と、その抽出したデータにより合焦検出を行う手段とを、全く別個の手段(前者はアナログ回路、後者はデイジタル論理演算回路)とした構成が開示されているにすぎない。

したがって、仮に、メモリに記憶された情報から必要なデータのみを抽出するトリミングが慣用手段であり、かつ、写真機の合焦装置においてメモリを使用することが公知であるとしても、引用例によって示唆される技術は、アナログ回路によって測定視野に対応した信号に処理したうえ、同信号に基づいCPUで合焦検出の演算処理を行うときに、その信号をメモリに記憶させることに限られるというべきである。そうすると、引用例には、複数ある合焦検出用受光素子の全出力をデータとして記憶装置に記憶しておき、所望のデータの抽出を合焦検出動作を行う手段によって行うという、本願発明の下記のような特徴的な構成は、示唆すらされていないといわざるを得ない。

〈4〉 これに対し、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は、単に「一度メモリに記憶させてその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導く」ものではなく、

a 上記第2領域内の合焦検出用受光素子の出力をデータとして一旦当該記憶手段(25)に取り込み、

b 上記該当部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応する上記データを抽出して、

c 合焦検出のための演算処理に適用する

という構成のものである。

そして、aの「上記第2領域内の合焦検出用受光素子」とは、特許請求の範囲Aに記載されている「第2領域の実質的に全域に亘って分布するように配置された複数の合焦検出用受光素子(21-1~21-M)」のことであるから、合焦検出開始指令(例えば、レリーズボタンの半押し)に基づいて記憶手段(25)にデータとして取り込まれる出力は、複数ある合焦検出用受光素子の全出力である。

また、bの「上記該当部分」とは、特許請求の範囲Aに記載されている「合焦検出対象領域部分(31)」のことであるから、bにおいて抽出されるデータは、合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータであり、この抽出されたデータに基づいて合焦検出動作が行われるのである。

このように、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は、合焦検出のための演算処理を行うのみでなく、演算処理に先立って、記憶手段(25)に記憶されている合焦検出用受光素子の全出力のデータから、設定した合焦検出対象領域部分に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータのみを抽出する作用をも併せ行うものである。この構成が、引用例記載の発明、あるいは、引用例記載の発明に審決認定の慣用手段を適用したものの構成と異なっていることは、明らかである。

この点について、被告は、本願発明が「設定した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出する手段と、その抽出したデータにより合焦検出を行う手段とを、全く別個の手段とする」構成を排除するものでないことは、その特許請求の範囲の記載から明らかであると主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、前記のとおり、記憶手段(25)から所望のデータのみを抽出する作用は合焦検出動作を行う手段(22)が行うことが明確に記載されているのであるから、特に「データを抽出する手段と合焦検出を行う手段が別の手段である場合を除く」というような消極的要件が記載されていないことを論拠とする被告の上記主張は失当である。

〈5〉 以上のとおりであるから、審決の慣用手段の認定は誤っており、かつ、この認定が正しいと仮定しても、本願発明の構成と引用例記載の発明に審決認定の慣用手段を適用したものの構成とが同一であるとはいえない。

したがって、相違点について、「Aの方法で処理される合焦受光素子の信号を一旦記憶手段に記憶させることは、単なる慣用手段の採用に過ぎない」とした審決の判断は、誤りというべきである。

(2)作用効果の看過

前記のように、引用例記載の発明は、所望のデータを抽出するまでの処理と、そのデータに基づく判断とを、全く別個の手段によって行う構成のものである。したがって、測定視野の設定が適切でないとしてその設定を変更するときは、改めて受光素子からの出力を取り込み、新たな測距視野に応じた窓関数の幅に対応するアナログ信号を取り出し、デイジタル化して論理演算回路CPUに入力し、合焦の判定を行わねばならない。このように、受光素子からの出力を改めて取り込む時間が必要になるので、合焦検出の応答に遅れが発生し、とりわけ被写体が暗い場合は、応答遅れがより長くなってシャッターチャンスを失うという重大な問題を生ずる。

これに反し、本願発明は、前記のように、複数ある合焦検出用受光素子の全出力をデータとして一旦記憶手段に取り込み、この記憶手段から、合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出し、抽出したデータに基づいて合焦検出演算処理を行うものであるから、測定視野の設定が適切でないとしてその設定を変更するときも、記憶手段には複数ある合焦検出用受光素子の全出力がデータとして記憶されているから、改めて被写体のデータを取り込む必要がなく、設定変更した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを直ちに抽出することができる。このため、測定視野の設定を変更しても、合焦検出を迅速に行うことが可能になるという、引用例記載の発明では得られない顕著な作用効果を奏するものである(この作用効果は、本願明細書には明記されていないが、本願発明が要旨とする構成から自明のことである。)。

なお、本願発明によれば、合焦検出動作を行う手段(22)が合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出する作用をも併せ行うので、引用例記載のもののようにCCD受光部6からの画像信号を測距視野を切り替えた信号に変換し所望のデータを抽出するまでの複雑なアナログ回路と、そのデータに基づいて合焦検出動作を行うデイジタル論理演算回路とを組み合わせる必要がないから、装置を簡易にでき、小型カメラ等に組み込むのに便利であるという利点もある。

(3)以上のとおりであって、本願発明の構成及び作用効果は、引用例記載の発明の構成及び作用効果と同一であるということはできないから、本願発明は特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとした審決の結論は、明らかに誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。

特許法29条の2の適用に当たっては、本願発明の構成と引用例記載の発明の構成との間に相違点があっても、それが課題解決のための具体的手段における微差(周知技術、慣用技術の付加、削除あるいは転換等であって、新たな効果を奏するものではないもの、すなわち、格別顕著な効果を奏さないもの)である場合は、実質同一と判断するのが相当である。審決の認定判断は、この立場に立ってなされた正当なものであって、これを取り消すべき理由はない。

(1)相違点の判断について

〈1〉  原告は、「画像信号を処理するのに、その信号を(中略)一度メモリに記憶させてその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導くこと」が慣用手段であるとした審決の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、画像をデータとして一旦メモリに記憶させ、その後に必要な領域のデータのみを抽出して画像処理回路に導くトリミングの技術は、昭和53年特許出願公開第124946号公報(乙第2号証)、昭和54年特許出願公開第80651号公報(乙第3号証)及び昭和55年特許出願公開第91077号公報(乙第4号証)に開示されているように、本出願前の慣用手段である。そして、そのような手段によって、画像処理がより迅速になされるという効果も、上記各公報に明確に記載されているのである。

この点について、原告は、乙第2ないし第4号証に記載されているメモリに記憶される情報は確定されているものであるのに対し、本願発明のメモリに記憶すべき情報はフオーカシングスクリーンに映し出される映像に対応して変化するのであり、両者は技術分野を異にすると主張する。

しかしながら、本願発明が要旨とするBの構成は、画像情報として受光素子の出力を用いることと、画像処理が合焦検出であること以外は、上記各公報に記載されているものと一致しており、プログラムとして慣用されているものにすぎないから、原告の上記主張は失当である。

〈2〉  また、原告は、写真機の合焦装置においてメモリを使用することが公知であることは否定しないが、それが慣用手段であるとした審決の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、コンピュータはメモリ内のデータを読み出し、所定の処理をしたうえメモリに戻すものであるから、合焦検出をコンピュータによって行う写真機においても、所要のデータを予めメモリに蓄積しておく必要がある。このことは、昭和54年特許出願公開第138427号公報(乙第5号証)、昭和55年特許出願公開第127525号公報(乙第6号証)及び昭和55年特許出願公開第127526号公報(乙第7号証)にも明記されているとおりであって、本出願前の慣用手段である。

したがって、「写真機の合焦装置においても広くメモリが使用されている」とした審決の認定には、何らの誤りもない。

〈3〉  原告は、引用例には設定した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出する手段と、その抽出したデータにより合焦検出を行う手段とを全く別個の手段としたものが開示されているにすぎず、これに慣用手段を適用してみても、引用例からは、複数ある合焦検出用受光素子の全出力をデータとして記憶装置に記憶しておき、所望のデータの抽出を合焦検出動作を行う手段によって行うという本願発明の特徴的な構成は示唆すらされないと主張する。

しかしながら、引用例記載の発明のCPUが合焦検出を行うことは、本願発明の合焦検出動作を行う手段(22)と同一であるから、引用例記載の発明と本願発明とが異なっているのは、WIN回路がA/D変換回路の前(したがって、記憶回路入力前)に処理を行うのか、データを記憶回路に記憶した後に、WIN回路と同等の処理をCPUの計算処理によって行うのかの点だけであって、演算処理の手順として実質的な相違があるわけではない。

そして、本出願当時の技術の状態からみて、シーケンシャル処理(個々の回路による個別的処理)から、CPU処理(中央処理装置による一括処理)に移行するのは当然の流れであるから、あるシーケンシャル処理に対応するしかるべきプログラムを組んで、CPUによる一括処理とすることは、当業者にとっては単なる設計変更にすぎない。よって、原告の上記主張は理由がない。

〈4〉  そして、原告は、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は合焦検出のための演算処理を行うのみでなく、演算処理に先立って記憶手段(25)に記憶されている合焦検出用受光素子の全出力のデータから設定した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータのみを抽出する作用をも併せ行うものであると主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明が、「設定した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出する手段と、その抽出したデータにより合焦検出を行う手段とを、全く別個の手段とする」構成を排除していないことは明らかであるから、原告の上記主張は失当というほかはない。

〈5〉  以上のとおり、画像信号の処理において画像信号を一度メモリに記憶させ、その後必要なデータのみを抽出して画像処理回路に導くこと、及び、写真機の合焦装置においてメモリを使用することは、いずれも本出願前の慣用手段であるから、その画像処理を合焦検出とし、かつ、引用例記載の信号抽出法に換えて、プログラム内における抽出処理とすることは、当業者ならば適宜になし得る単なる慣用手段の採用にすぎない。

したがって、本願発明が特徴とするBの構成について、「Aの方法で処理される合焦受光素子の信号を一旦記憶手段に記憶させることは、単なる慣用手段の採用に過ぎない」とした審決の判断は、正当である。

(2)本願発明の作用効果について

原告は、本願発明は測定視野の設定が適切でないとしてその設定を変更するときも改めて被写体のデータを取り込む必要がなく、合焦検出を迅速に行うことが可能になるという格別の作用効果を奏すると主張する。

しかしながら、この作用効果は、本願明細書には記載されていないものである。そればかりでなく、上記の作用効果は、画像信号を、前記のとおり慣用手段である「一度メモリに記憶させてその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導くこと」によって当然に奏される、当業者にとっては自明の作用効果にほかならない。

さらに、原告は、本願発明によれば合焦検出動作を行う手段(22)によって合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出すればすむので構成が簡易となると主張する。

しかしながら、このような作用効果も、前記(1)〈1〉記載のように、データを記憶回路に記憶した後に、WIN回路と同等の処理をCPUの計算処理によって行うことによってもたらされる作用効果そのものにすぎず、本願発明に特有の作用効果ではない。

(3)以上のとおり、本出願前の慣用手段をも併せ考慮すれば、本願発明の構成及び作用効果は、引用発明の構成及び作用効果と実質的に同一であるということができるから、本願発明は特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとした審決の結論は正当である。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第3号証(特許出願公告公報)及び第4号証(平成4年7月28日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)技術的課題(目的)

本願発明は、被写体の像を撮影レンズによりフイルム面とほぼ共役な位置に配置された受光素子列上に形成するとともに、フイルム面と共役なフオーカツシングスクリーン上に形成し、このフオーカツシングスクリーン上に形成された像をフアインダで観察し得るようにし、前記受光素子列の各受光素子から出力される画像情報を所定の評価関数にしたがって演算処理して被写体の合焦状態を検出する演算制御部と、前記受光素子列上に投影される被写体像の部分をフアインダ内で指示する指示手段を設けた合焦検出装置に関するものである(公報2欄8行ないし19行)。

多数の受光素子を高密度に配列した受光素子列を用いた合焦検出装置は多数提案されている(同2欄20行ないし22行)。第1図は、一般的な合焦検出装置の構成を示すものであって、被写体1からの光を撮影レンズ2によりフイルム3の面に結像して撮影する以前に、撮影レンズ2からの光束を、中心部を半透鏡4としたクイツクリターンミラー5によって分割し、半透鏡4を透過した光を、ミラー5の裏面にミラーと直角に取り付けた小さい全反射ミラー6によって下方へ向け反射し、多数の受光素子を密接して配列した受光素子列7上に入射させる。したがって、受光素子列7上には、撮影レンズ2による被写体像の一部、すなわち中心部が結像きれることになる。一方、クイツクリターンミラー5で反射された光束は、フオーカツシングスクリーン8上に像を結び、この像を、ペンタプリズム9及び接眼レンズ10から成るフアインダを介して観察する。いうまでもなく、受光素子列7及びフオーカツシングスクリーン8は、フイルム3と共役な位置に配置される(同2欄22行ないし3欄14行)。

このような装置においては、合焦検出用の受光素子列7にどのような光学像が投影されているのかを撮影者に知らせる必要がある。その目的のために、第2図に示すようにフオーカツシングスクリーン8の中に、受光素子列に対応した位置にマーク11を付け、これをフアインダを通して見えるようにすることが一般に行われている。撮影の際には、撮影者は第3図に示されているようなフアインダ像を見ながらマーク11をピントを合わせたい被写体に合致させるよう操作を行うことになる(同3欄16行ないし26行)。

ところで、従来の合焦検出装置では受光素子列の大きさは一定であり、したがってマーク11の大きさも一定である。その場合、第3図のように人物の背景に立木があるような場面を撮影する際、前方の人物にピントを合わせたいのであるが、マーク11の大きさは人物の幅を大きく越えて背景の立木にまでかかってしまうことがしばしば起こる(同3欄26行ないし33行)。このように奥行きを持った被写体の場合、各受光素子の出力画像信号から像の鮮明度の評価値を求めて合焦状態を判定すると、第4図に示すように評価値は2つのピークを持つことになる。すなわち、レンズ2を無限大方向から移動させた場合、先ずa点で背景の、立木にピントが合った状態で評価値は第1のピークを示し、さらにレンズを移動して行くと人物にピントが合い、評価値はb点で第2のピークを示すことになる(同3欄34行ないし4欄3行)。

このように合焦状態を示す評価値のピークが複数個現われると、撮影者の意図するところとは相違した点にピントが合った写真が撮影されてしまう欠点がある(同4欄3行ないし9行)。

本願発明の技術的課題(目的)は、従来の合焦検出装置の上記欠点を除去し、撮影者がフアインダをのぞきながらピントを合わせたい被写体の大きさに合わせて受光装置の大きさを変化させることができるようにした合焦検出装置を提供することである(同4欄10行ないし15行)。

(2)構成

上記技術的課題(目的)を解決するために、本願発明は、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(手続補正書5枚目2行ないし6枚目18行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、合焦検出のために使用される受光素子の領域の大きさ(すなわち、合焦検出視野の大きさ)をピントを合わせるべき被写体の大きさに合わせて調整することができるので、正確な合焦検出を行うことができる。また、合焦検出視野の大きさは、合焦検出可能な領域の中心を中心として可変であるため、使用者は違和感なく容易に合焦検出視野の大きさを被写体の大きさに合わせることができ、操作性を向上することができる(公報7欄13行ないし23行)。

2  相違点の判断について

(1)本願発明と引用例記載の発明とが審決認定の一致点及び相違点を有することは、当事者間に争いがない。

原告は、上記相違点に係る本願発明の構成は単なる慣用手段の採用に過ぎないから、本願発明は、引用例記載の発明と同一と認められ、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとした審決は、慣用手段及び本願発明の技術内容を誤認したものであって違法である旨主張する。

特許法29条の2第1項に規定する同一性の判断は、後願に係る発明(本願発明)の要旨とする構成、すなわち、特許請求の範囲における必須の構成要件と、先願の願書に最初に添付した明細書及び図面(引用例)に具体的に記載された発明又は考案とを対比してなされるべきであり、後願に係る発明(本願発明)の要旨とする構成が先願の願書に最初に添付した明細書及び図面(引用例)に具体的に記載されていないときは、両者は、同一とすることはできない。もっとも、後者(引用例)に具体的に記載されていない構成であっても、本出願当時の技術水準に照らし、当業者であれば、後者(引用例)がその構成を当然備えていると理解するものと認められるときは、両者は同一と判断できるというべきである。

前記審決の理由の要点によれば、引用例記載の発明には、審決認定の相違点に係る本願発明の構成Bは記載されていないのであるから、両者が同一発明であるというためには、当業者であれば、本出願当時の技術水準に照らし、引用例記載の発明は当然上記構成Bを備えていると理解するものと認められることが必要である。

そこで、審決認定の点が本出願当時慣用の技術的手段であったか、また、当業者であれば、引用例記載の発明は審決認定の技術的手段を備えていると理解するものと認められるかについて、順次検討する。

(2)原告は、「画像信号を処理するのに、その信号を(中略)一度メモリに記憶させておきその後必要なデータを抽出し画像処理回路に導くこと」が慣用手段であるとした審決の認定は誤りであると主張する。

成立に争いのない乙第2号証(昭和53年特許出願公開第124946号公報)によれば、同公報は演算マスク装置の発明に関する公開特許公報であって、「本発明は画像処理装置に係り、特に局所的な画像処理を行うための演算マスク装置に関する。」(1頁左下欄15行、16行)、「画像情報を記憶する2次元の記憶装置と、この記憶装置を走査し、全体の画像情報のうち(中略)局所的な領域の情報のみを読出すための制御装置と、(中略)上記(中略)の情報を用いて局所的な演算処理を行う演算装置」(1頁右下欄5行ないし9行)及び「マスク情報を用いることにより、画像の部分領域についてのみ画像処理を行うことができる。このため画像演算装置により処理の無駄をなくし、画像処理を効率的にかつ高速に実行することができる。」(2頁左下欄14行ないし18行)と記載されていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第3号証(昭和54年特許出願公開第80651号公報)によれば、同公報は映像処理装置の発明に関する公開特許公報であって、その特許請求の範囲には「映像情報を記憶する映像記憶装置と、映像記憶装置と結合され、その映像の局所映像情報を一時的に記憶する局所記憶装置と、その局所記憶装置と結合され、局所記憶装置の内容を使用して演算を行なう演算装置とから成る映像処理装置において、映像中の処理すべき領域の座標を順次出力する座標計算装置を設け、該座標計算装置の出力した座標情報があらかじめ定められた条件を満足した場合のみ上記演算装置に起動信号を与え、上記演算装置からの演算終了信号により、上記座標計算装置が次の座標を計算するように構成したことを特徴とする映像処理装置」(1頁左下欄4行ないし15行)と記載されていることが認められる。

さらに、成立に争いのない乙第4号証(昭和55年特許出願公開第91077号公報)によれば、同公報は画像抽出処理方式の発明に関する公開特許公報であって、「ドキュメント上の図形のうち上記閉ループによって囲われた図形画像を抽出することを特徴とする画像抽出方式」(1頁左下欄15行ないし18行)、「本発明は、画像抽出処理方式、特にドキュメント上に描かれている図形や文字など(中略)について、指定された領域内の1部の図形のみを任意にかつ簡単に抽出するようにした画像抽出処理方式に関するものである。」(1頁右下欄2行ないし7行)及び「ドキュメント上の図形をデータ処理装置に入力して画像処理を行う場合、処理対象となるものはドキュメント上の図形の一部であることが多い。」(1頁右下欄10行ないし13行)と記載されていることが認められる。

このように、画像信号をデータとして一旦メモリに記憶させ、その後に必要な領域のデータのみを抽出して画像処理装置回路に導くトリミングの技術自体は、本出願前に広く行われていたと解されるから、これを慣用手段であるとした審決の認定は、その限りでは誤りといえない。しかしながら、前掲乙号各証に記載されている画像処理技術は、いずれも写真機械器具に関連するものではないから、上記のトリミングの技術が、画像処理の特殊分野である合焦検出技術においても慣用手段であることを認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。

したがって、「Aの方法で処理される合焦用受光素子の信号を一旦記憶手段に記憶させることは、単なる慣用手段の採用に過ぎない」とした審決の判断の論拠の一部は、誤っているというべきである。

(3)次に、原告は、写真機の合焦装置においてメモリを使用することが公知であることは否定しないが、それが慣用手段であるとした審決の認定は誤りであると主張する。

成立に争いのない乙第5号証(昭和54年特許出願公開第138427号公報)によれば、同公報は焦点検出方法に関する発明の公開特許公報であって、その特許請求の範囲には、「多数の受光素子を配置した受光面からの照度信号を処理して光学系の合焦点の検出を行なうにあたり、(中略)各受光素子からの信号を、(中略)バツフアメモリを介して(中略)マイクロコンピユーターに入力して評価演算を行ない、(中略)焦点の微検出を行なうことを特徴とする焦点検出方法」(1頁左下欄4行ないし右下欄1行)と記載されていることが認められる。

また、成立に争いのない乙第6号証(昭和55年特許出願公開第127525号公報)によれば、同公報は焦点検出方式に関する発明の公開特許公報であって、「本発明は一眼レフカメラ等写真撮影装置に装備され焦点検出を行う装置に関する。」(1頁右下欄3行、4行)及び「受光素子アレイ2は画像の強度分布に対応した電気信号を(中略)出力する。CPU5は(中略)画像データを取り込み、メモリー6を利用して画像処理を行ないその結果によって表示装置7に表示データを、D/Aコンバーター8にモーター駆動信号をそれぞれ出力する。」(2頁右下欄11行ないし19行)と記載されていることが認められる。なお、成立に争いのない乙第7号証(昭和55年特許出願公開第127526号公報)によれば、同公報にも乙第6号証の公報とほぼ同様の記載が存することが認められる。

このように、写真機の合焦装置においてメモリを使用することは、本出願前に広く行われていたと解されるから、これを慣用手段であるとした審決の認定を、誤りとすることはできない。

(4)さらに、原告は、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は合焦検出のための演算処理を行うのみでなく、演算処理に先立って記憶装置(25)に記憶されている合焦検出用受光素子の全出力のデータから設定した合焦検出対象領域部分に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータのみを抽出する作用をも併せ行うものであると主張する。

本願発明の特許請求の範囲Bには、前記のとおり、「合焦検出動作を行う手段(22)は(中略)上記該当部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出して合焦検出のための演算処理に適用する」と記載されているから、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は、「上記該当部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出」する作用と、「合焦検出のための演算処理」の作用とを併せ行うものであると解することができる。

この点について、被告は、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は「設定した合焦検出対象領域部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出する手段と、その抽出したデータにより合焦検出を行う手段とを、全く別個の手段とする」構成を排除するものではないと主張する。

しかしながら、本願発明が要旨とする合焦検出動作を行う手段(22)は「上記該当部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出」する作用と「合焦検出のための演算処理」の作用とを併せ行うものであると解しうることは前記のとおりであって、そのように理解するために、特に「データを抽出する手段と合焦検出を行う手段が別の手段である場合を除く」というような消極的要件が特許請求の範囲に明記されている必要はないから、被告の上記主張は失当である。

一方、成立に争いのない甲第5号証によれば、引用例には、「2乗回路SQRには、(中略)窓関数発生器WINが設けられ、同発生器の出力により2乗回路のゲインが視野端部は低く、中央部では高くなる様に制御される。」(5頁右上欄15行ないし左下欄6行)、「本願発明の一実施例による測定視野可変回路では、同窓関数の発生する全受光部内での範囲を切換えることにより行なうものである。」(5頁左下欄12行ないし15行)、「2乗回路SQRの出力は、(中略)積分回路INTに入力される。」(5頁左下欄18行ないし右下欄1行)、「積分回路INTの出力は、(中略)合焦、前ピン、後ピンを判定する論理演算回路CPUでの信号処理を容易ならしめるために、A-D変換するためにAD変換回路A/Dに供給され、デイジタル値に変換される。」(5頁右下欄7行ないし12行)及び「か様なA.B.Cは先述第2図のA-D変換回路を介してデイジタル化されて論理演算回路CPUに入力される。同回路CPUでは(中略)3状態に対応した出力を(中略)表示回路DISPに供給する。」(6頁右上欄10行ないし20行)と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。

これらの記載によれば、引用例は、その測定視野可変回路が窓関数の発生する全受光部内での範囲を切り換えることによって測定視野を切り換えること、すなわち、2乗回路SQRが合焦検出対象領域部分に対応するデータを抽出して、合焦検出のための演算処理に適用すること、及び、合焦検出動作は論理演算回路CPUが行うことを開示するものである。したがって、引用例には、本願発明が要旨としているように、合焦検出動作を行う手段が「上記該当部分内に分布する合焦検出用受光素子に対応するデータを抽出」する作用と、「合焦検出のための演算処理」の作用とを併せ行うことは記載されておらず、示唆すらされていないことが明らかである。

この点について、被告は、引用例記載の発明と本願発明が異なっているのは、WIN回路が記憶回路入力前に処理を行うのか、データを記憶回路に記憶した後にWIN回路と同等の処理をCPUの計算処理によって行うのかの点だけであって、演算処理の手順として実質的な相違があるわけではないと主張する。

しかしながら、仮に本願発明と引用例記載の発明との間に演算処理の手順に実質的な相違がないとしても、合焦検出動作を行う手段の果たす作用が明確に異なっている以上、本願発明の構成を引用例の記載に基づいて当業者が容易に想到しえたかは別として、両者の構成が同一であるとすることはできない。

(5)したがって、審決認定の慣用手段は、写真機の合焦装置において広くメモリが使用されている点を除いて、画像処理の特殊分野である合焦検出技術における慣用手段ということはできず、しかも引用例には本願発明のBに係る構成を示唆する記載すら存しないから、当業者において引用例記載の発明は審決認定の本願発明のBに係る構成を備えているものと理解するものと認めることはできない。

3  以上のとおりであるから、本願発明が奏する作用効果について検討するまでもなく、本願発明は引用例記載のものと同一であるから特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができないとした審決の判断は、誤りである。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

第1図は従来の合焦検出装置の一例の構成を示す線図、第2図および第3図は同じくそのフアインダ内での像を示す線図、第4図は同じくそのレンズ移動量と評価値との関係を示すグラフ、第5図は本発明による合焦検出装置の一例の構成を示す線図、第6図は同じくそのフアインダ内の像を示す線図、第7図は受光素子設定手段の一例の構成を示す斜視図、第8図は同じくそれをカメラボデイに装填した状態を示す斜視図、第9図は表示手段の一例の構成を示す線図、第10図は同じくその表示態様を示す線図である。

1……被写体、2……撮影レンズ、3……フイルム、4……半透鏡、5……クイツクリターンミラー、7……受光素子列、8……フオーカツシングスクリーン、11……受光素子列マーク、20……受光素子列、22……中央処理装置、24……A/D変換器、25……メモリ、26……受光素子設定ダイアル、27……表示装置駆動回路、28……表示装置。

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面 B

〈省略〉

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